最高裁判所第三小法廷 昭和32年(オ)962号 判決 1961年4月25日
上告人 森坂英子
被上告人 森坂文一
主文
原判決を破棄し、本件を広島高等裁判所に差戻す。
理由
上告代理人君野駿平、同中田正子の上告理由は、本判決添付の別紙記載のとおりである。
右上告理由第三点について。
民法七七〇条一項四号所定の離婚原因が婚姻を継続し難い重大な事由のひとつであるからといつて、右離婚原因を主張して離婚の訴を提起した被上告人は、反対の事情のないかぎり同条項五号所定の離婚原因あることをも主張するものと解することは許されない。(被上告人が、相手方の現状では家を守り子を育てることは到底望めない旨陳述していても、この一事によつて同条項五号の離婚原因をも主張した趣旨とは解し難い。)
また、精神病にかかつているけれども回復の見込がないとは断じ得ないため民法七七〇条一項四号の離婚原因がない場合に、右精神病治療のため相当長期入院加療を要するところ、被上告人の財政状態及び家庭環境が原判示の如くである、というだけの理由で、同条項五号の離婚原因の成立を認めることは相当でない。
それ故、原審としては、まず被上告人が本訴において民法七七〇条一項四号のほか同条項五号の離婚原因をも主張するものであるかどうかを明確にし、もし右五号の離婚原因をも主張するものであれば、上告人の入院を要すべき見込期間、被上告人の財産状態及び家庭環境を改善する方策の有無など諸般の事情につき更に一層詳細な審理を遂げた上、右主張の当否を判断すべきであつたのである。
然るに、原審が以上の処置にいでず、たやすく被上告人の本訴請求を認容したのは、法令の解釈を誤つた結果審理不尽の違法におち入つたものであつて、論旨は結局理由があり、原判決はこの点において破棄を免れない。
よつて、その余の論旨についての判断を省略し、民訴四〇七条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 島保 裁判官 河村又介 裁判官 垂水克己 裁判官 石坂修一)
上告代理人君野駿平、同中田正子の上告理由
第一点原判決には理由を附せない違法がある。
原判決はその理由において、上告人の病状について、第一審における幡敏夫の証言、上告人特別代理人及被上告人各本人尋問の結果と甲第二号証とを綜合した上の判断として、上告人の病状は次第に回復している事実を認めた上、回復の見込ありや否やの点について「しかし完全に回復するかどうかはなお相当長期間入院加療した上でなければ判明しないことが認められる」と認定し、更に又別の箇所において「原審証人幡敏夫の証言(第一、二回)によると被控訴人の病状は前述の通り快方に向つてはいるが、発病後相当時日を経過して治療を始めたので回復に長期間を必要とし、完全に治癒しない時に家庭に帰ると刺激を受け却つて病状を悪化するおそれがあるので、なお、相当長期間入院していなければならないことを認めることができる」と認定している。
右の認定については入院後の病状についてはいずれも幡証人の証言を根拠とするものであることは明かである。
幡証人の証言を見るに、第一回証言(昭和三〇年四月八日)には
「全治してしまえば家庭のことは出来ますね
出来ます」
「どれ位したら癒りますか
入院されてから二年位になりますから病気が此の儘固るか、或は悪くなるかもう少し見ないと分りません」
「悪い環境のところにかへせば精神力が堪えられるかどうか分りませんか
それはやつて見ないと判りません……云々」(以上記録五二丁)
「この病気は全治出来ますか
現在九分九厘まで癒つて居りますが全治するという保証はありません」(以上記録五一丁)
の記載あり、
同証人証言第二回(昭和三〇年一二月一二日)には
「まだ寛解していないのですか
寛解しているとは云えないと思いますが今年の春頃よりはずつとよくなつて居ります」
との記載がある。
右幡証人の証言を見ると、上告人の病気は昭和三〇年四月頃において九分九厘まで癒つているが、寛解の状態に至るには「もう少し見ないと」分らない状態(入院後二年の現在において)であるが、それより八ヵ月後の同年十二月頃では更にずつとよくなつている寛解しているとは断言出来ないにしてもそれに近い状態であることが認めることが出来るのであつて、従つて右証言よりは病状は急速に快復しつつあり、当然近き将来において癒る見込があると推論しうべきものである。
然るに原判決は全治までにはなお相当長期間入院していなければならないことを認定しているのであつて、(全治と寛解と言葉は違うが、医学上同様に解してよい)幡証人の証言からどうして右原審の認定が成立したのか推論の経過が不明である。
事実の認定は勿論原審裁判官の自由心証に基くべきものであるが、以上の如き証言より当然推論されうる事実をしりぞけこれと喰違う認定に達した経過が説明されていない原判決は理由を附せざるの違法あるものと云うべきである。
第二点原判決には理由を附せざる違法がある。
第一点記述の如き原判決理由の欠陥に加えて、更に原判決は「前記のような財政状態家庭環境にある控訴人に対して入院以来四年を経過した今日なお将来何時退院出来るかも予測の出来ない控訴人と……云々」と認定しているが、第一点に述べた通り幡証人の証言は入院後二年の現在点において「もう少し」様子を見る必要があるというのであつて、入院後四年経過した原審判決時点における証言ではない。従つて「入院以来四年を経過した今日なお将来何時退院出来るかも予測できない」という認定は虚無の証拠にもとづいた認定であつて、結局判決に理由を附せざるの違法あるものと謂うべきである。
第三点原判決には判決に影響を及ぼすべき法令違背がある。
原判決は、上告人の病状を民法第七七〇条第一項四号に当るものに非ずと判断して被上告人の同号に基く離婚請求を認めず、しかし本件は特に反対の事情なき限り同条第一項第五号を適用すべき事案であるとして、結局被上告人の離婚請求を容認した、原判決がかかる判断をなした理由は、(1)民法第七七〇条第一項は、一般的に婚姻を継続し難い重大な事由あることを裁判上の離婚原因とし、即ち同条第五号が一般規定であつて、一号乃至四号の事由は単なる例示に過ぎぬ。(2)反対の事情なき限り離婚請求をなす当事者は右第五号の一般的原因を同時に主張するものと見做すべきである。(3)被上告人は本件においても上告人の現状では家を守り子を育てることは到底望めないとして離婚を求めているので、民法第七七〇条第五号の主張あるものと判断すべきである、と云う三点にあると思われる。
一、民法第七七〇条第一項第一号乃至第四号の各事由は成程婚姻を継続し難い重大な事由を例示したものと解するのが学説の様である。しかし、そのことは一号乃至四号の原因を五号の原因の中に解消してしまう理由にはならない。特に民事訴訟法第一八六条との関連より見る時は右一号乃至四号の事由の定められたる意義は単なる例示として看過さるべきでない。即ち、一号乃至四号の事由に基く離婚請求は、勿論婚姻を継続し難いが故の請求ではあるけれども一号乃至四号の事由があるが故に婚姻を継続し難いことの請求であつて、一般的に婚姻を継続し難い故の請求ではない。
二、従つて、一号乃至四号の事由を原因として離婚を求める当事者は反対の事情なき限り、一号乃至四号の事由の存在を前提としてのみ離婚を求めているものと裁判上は判断すべきものであつて、一般的に婚姻を継続し難いものとして離婚を求めているものと見るべきではない。
三、被上告人はその提出した控訴趣意書に明かであるように、本件離婚請求の原因は民法第七七〇条第一項第四号の原因に基くものであり、同号の「強度の精神病にかかり回復の見込がないとき」なる字句の解釈を争うことが唯一の争点であることを主張しているのであり、被上告人の生活上の困難なる事情は右第四号解釈の資料として主張しているのであることを明確にしている。即ち、被上告人は第一審判決においてその主張である右四号の事由の存在を否認されたにも拘わらずなお前同条第五号の事由を主張せず、依然第四号の事由のみ主張している点より見て、上告人が「強度の且つ回復の見込のない」精神病に罹つたものでない場合には離婚の意思なしと推定してよいものと思われる。
その意味では、原判決の謂う「反対の事情」が認められるのである。更に被上告人の訴状に「被控訴人の現状では家を守り子を育てることは到底望めない」との主旨の記載があるが、これは「控訴人の現状、即ち強度の精神病に罹り回復の見込みのない現状では……云々」と読むべきが相当であつて右「現状」が変化しても離婚請求を維持するとの趣旨に読むべきではあるまい。
以上の理由により原判決は民事訴訟法第一八六条の規定に違背して被上告人の申立てない事由に基いて判決したものと謂うべく、かかる法令違背は判決に影響を及ぼすべきことは明かである。
第四点原判決には判決に影響すべき法令違背がある。
被上告人の請求原因として主張するところは、民法第七七〇条第一項第四号の事由に限定されていることは第三点に記述した通りである、(原審口頭弁論調書には記載されていないが、被上告人は、控訴趣意の陳述において控訴人(趣旨は民法第七七〇条第一項第四号の解釈を争うことの一点に帰すると附言した事情もある)。
かかる事情の下では、原審が、前同条同項第五号の適用を考慮するならば当然当事者に対し、その主張は第五号の事由の主張を包含するものであるか否かを釈明すべきものであつて、この釈明義務は第一審判決が同条同項第四号の事由の存在せざることを理由として被上告人の請求を棄却している後の控訴審である原審にとつては先づ第一に行うべき義務であるといわねばならない。
原判決もその理由中で第五号の事由を認めたる説示に「反対の事情の認められない限り」との条件を附しているのであつて、それは原審自身も一第乃至四号の事由による離婚請求が必ず第五号にも該当するとの見解ではなく、場合によつて第五号の事由は転換し得るとの見解に立つものであることを示しているのであるが、本件の場合原審が釈明権を行使すれば被上告人の離婚請求の原因は第四号に限定されたものであることが明かとなつたであろう。
上述( )内に附記したる被上告人の控訴趣意陳述の際の附言は弁論調書に記載があれば上記釈明権行使の必要をなくするのであるが、弁論調書に記載されていない以上、結局釈明権不行使の瑕疵あるを免れないと考える。
結局原審は民事訴訟法第一二七条に違背したる違法あり、かかる違法は判決に影響を及ぼすべきことも亦明かである。
右上告の理由を陳述する。
以上